2026年10月に実施された令和8年度2次試験。本連載では、事例Ⅰ〜Ⅳの問題用紙そのものを一次資料に、「与件文に何が書かれ、何が書かれていないか」を構造的に読み解きます。今年受験した方は振り返りに、来年受験する方は"読み方"の教材として使ってください。

はじめに:この連載の立ち位置

2次試験には、公式の模範解答も採点基準も公表されません。したがって「出題者の意図」「加点要素」に関する記述は、どんな予備校の分析であれ、すべて推論です。

本連載では、各主張の確からしさを3段階で明示します。

ラベル 意味 例
【確定】 問題用紙に明記されている事実 配点、字数、設問文の限定語、与件の記述
【推論】 与件と設問の対応関係から論理的に導けるが、公式確認はない 「この一文はこの設問のために置かれた」という対応付け
【推測】 筋は通るが検証手段がない 来年度の出題傾向、採点者の重み付け

連載の後半で扱う解答例はAI生成の参考解答であり、「正解」ではなく監査対象です。与件に根拠がある部分とない部分を切り分けて読みます。

この連載の解答例について 第2回・第3回で監査する解答例は、筆者が開発しているiPad向け2次試験対策アプリ 「事例ドリル」 に同梱しているAI解答例(フレームワーク仕分け例+設問解答例)です。アプリでは与件文と並べて表示し、自分の記入・解答と見比べられます。詳しくは第4回で紹介します。 → App Storeで見る

連載の構成

  1. 第1回(本記事):4事例の全体構造と「与件文の沈黙」
  2. 第2回:事例Ⅰ・Ⅱ ── 設問別の限定語と落とし穴
  3. 第3回:事例Ⅲ・Ⅳ ── 印刷業の仕組み化と、EC企業の投資・撤退計算(検算付き)
  4. 第4回:来年度受験生への戦略提言 ── 80分の配分と練習法、解答例を同梱したアプリ「事例ドリル」の紹介

1. 4事例を一枚で俯瞰する

まず全体像です。事例Ⅰ〜Ⅲは業種も規模もバラバラですが、同じ骨格で書かれています。そして事例Ⅳだけが別の役割を担っています。

観点 事例Ⅰ A社グループ 事例Ⅱ B社 事例Ⅲ C社 事例Ⅳ D社
業種・規模 特産品卸売、グループ62名(買収後) かんきつ販売・企画、2名 印刷業、30名 総合EC、売上約58億円、約100名
中心テーマ 買収後の組織統合と成長戦略 産地の再設計と関係人口 既存資源での収益回復 多角化した事業の取捨選択
承継・高齢化の圧力 X社社長70代・後継者なし、技能伝承不足 農家の高齢化、ベテランの離農 ベテラン作業者の高齢化 なし(代わりに居抜き店舗・旧設備の老朽化)
自社に無い資源と補い方 製造機能 → X社買収 農地・加工設備 → 仕入れ・外部委託 投資余力 → 既存設備・人員で収益拡大 他地域の基盤 → Y社買収を検討
配点(字数) 20/30/20/30(計520字) 20/25/25/30(計650字) 10/15/25/25/25(計480字) 25/20/30/25(記述は80字×3)

配点・字数は【確定】です。ここから見える時間配分の重みは明確です。

  • 事例Ⅱは字数最多(650字)で、第4問1問に30点
  • 事例Ⅲは第1問が40字10点と軽く、第3〜5問に75点が集中
  • 事例Ⅳは第3問(NPV)1問で30点。記述は80字×3か所のみで、計算の正確さが得点のほぼ全て

2. 事例Ⅰ〜Ⅲの共通骨格:「今あるもので回す」

3事例を並べると、「高齢化・承継の圧力を、属人的な仕事の仕組み化と外部資源との結合で乗り越える」という同じ到達点が見えます【推論】。

┌──────────────────────────────────────────────┐
│ 到達点:承継の圧力を「仕組み化 × 外部資源」で乗り越える │
├──────────────┬──────────────┬────────────────┤
│ 事例Ⅰ        │ 事例Ⅱ        │ 事例Ⅲ          │
│ X社買収で     │ 仕入れ・外注で │ 既存の設備と    │
│ 製造機能を補う │ 農地・設備なし │ 人員で収益回復  │
│              │ を補う        │                │
├──────────────┴──────────────┴────────────────┤
│ 共通制約:新規投資・新規採用・価格引き上げは     │
│          与件の側で塞がれている               │
└──────────────────────────────────────────────┘

この「土台」が重要です。事例Ⅲは「既存の設備と人員の中での収益拡大」と明文化していますが、事例Ⅰも「設備更新の負担」「急拡大は工場稼働も雇用も揺るがす」、事例Ⅱも「農地・加工設備を持たず」「2名」と、投資や採用で解決する道を与件の側で塞いでいます。

では、塞がれた「投資・撤退の判断」はどこへ行ったのか。事例Ⅳです。改装するか(第2問)、撤退するか(第3問)、買収するか(第4問)はすべて事例Ⅳの計算問題。4事例を通して見ると、科目分担としてきれいに整合します【推論】。


3. 人物の経歴は飾りではない

令和8年度で特に効くのが、登場人物の経歴と設問を線で結ぶ読みです。

人物 経歴(与件に明記) 使われる設問
事例Ⅰ 長女 大都市のパッケージ会社勤務 → Uターン、企画・EC運営を主導 第4問:消費者が「パッケージ、ストーリー、使い方提案」まで評価する、という記述と組み合わせて高付加価値化の根拠に
事例Ⅱ 社長 テーマパークで接客・催事企画 第4問:交流事業の設計
事例Ⅱ 後輩 大都市のフランス料理店の料理人 第3問:パウダー商品の評価者(ただしターゲットではない)
事例Ⅲ 制作・製版課のベテラン 一括請負業務の中心 第5問:再現可能な実行体制の核

経歴が書かれた人物は、必ずどこかの設問で使う前提で置かれています。読み飛ばすと根拠が一つ減ります。


4. 与件文の「沈黙」を読む

2次試験の与件文は、書かれていることと同じくらい、書かれていないことで解答の範囲を指定しています。沈黙を3種類に分けると、受験生が踏み込んではいけない領域が見えてきます。

分類 意味 受験生の対応
当然の省略 一般知識として前提、または設問に無関係 知っている前提で書く/書かない
科目分担による省略 他の事例(主にⅣ)が引き受けている その事例では触れない
書けない沈黙 経営者批判など、試験の性格上、与件に置けない 「仕組みの不在」に言い換える

令和8年度の主な沈黙

沈黙 事例 分類 含意
買収価格、X社の財務内容 Ⅰ 科目分担 事例Ⅰで財務的助言を書いても加点根拠がない
長女がA社常務とX社社長を兼務する負荷 Ⅰ 書けない沈黙 第2問で「権限集中のリスク」は設問の外
売上・利益・価格の一切 Ⅱ 科目分担 価格戦略を書く余地がない
直販拡大と出荷団体との摩擦 Ⅱ 書けない沈黙 利益相反の論点には触れない
デジタル印刷機の稼働率・投資回収 Ⅲ 科目分担 「有効活用」は稼働の中身(どの案件を回すか)で答える
専務が見積を承認しているのに価格が属人的 Ⅲ 書けない沈黙 専務批判ではなく、承認の前段にある「基準の不在」を書く
改装による「人件費減」の金額 Ⅳ 設問側が期待だけ書いて数値なし 計算に入れない
Y社の財務内容・シナジー Ⅳ 当然の省略 D社側の安全性・流動性に絞る

「書けない沈黙」は、診断士試験の制度的な性格から生じます。与件文の経営者は常に「信頼が厚い」「地元の名士」「誠実に説明した」と描かれ、過去の判断ミスは書かれません。現実の診断なら論点になり得ても、試験の解答では与件が用意した「仕組みの不在」に言い換えて書くのが安全です。

限定語ひとつで解答の母集団が半分になる

反実仮想をひとつ。もし事例Ⅲ第1問が「生産面での」という限定なしに「C社の強み」と問うていたら、官公庁の高シェア、美術館・博物館の実績、顧客の信頼はすべて正解の範囲に入ります。

限定語1つで解答の母集団が半分になる。設問文の限定語は、出題者が与件文から「使わせたくない部分」を切り落とす刃だと考えてください。


まとめ

  • 事例Ⅰ〜Ⅲは「承継の圧力を、仕組み化と外部資源で乗り越える」という同じ骨格【推論】
  • 新規投資・採用・価格引き上げは3事例とも与件の側で塞がれ、投資判断は事例Ⅳに集約【推論】
  • 経歴が書かれた人物は、必ずどこかの設問で使う
  • 与件文の沈黙は3種類。「書けない沈黙」は仕組みの不在に言い換える

次回は事例Ⅰ・Ⅱを設問ごとに分解し、限定語・根拠の在り処・落とし穴を整理します。


本連載は令和8年度2次試験問題用紙(事例Ⅰ〜Ⅳ)を一次資料としています。外部の受験指導機関の分析や公式発表は参照していません。